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最終更新日:2020年05月11日 19:08

ミニシアターとわたし 第4回 河瀬直美「ミニシアターの空間は、私にとって永遠」

新型コロナウイルスの感染拡大により休業を余儀なくされ、今、全国の映画館が苦境に立たされている。その現状にもどかしさを感じている映画ファンは多いはず。映画ナタリーでは、著名人にミニシアターでの思い出や、そこで出会った作品についてつづってもらう連載コラムをスタート。今は足を運ぶことが叶わずとも、お気に入りの映画館を思い浮かべながら読んでほしい。

第4回は監督作が上映される機会が多く、全国の小規模映画館を支援するために設立されたミニシアター・エイド基金の賛同人でもある河瀬直美に、ミニシアターの思い出を語ってもらった。

ミニシアターの空間は、私にとって永遠

河瀬直美

 映画を創り始めたのは18歳の頃。初めて手にする8ミリカメラ。街を歩いて好きなものを撮影する。人に関わる。その角を曲がれば素敵な出会いが待っている。世界がおもちゃ箱をひっくり返したようにあらゆるものが色を持ち出した。カメラは世界を美しく切り取って永遠にフィルムに刻む。そして、そのことを誰かと共有したいと切に願った。最初は友人に。次はチラシを作って知らない人にも。当時、関西にはいくつかのミニシアターと呼ばれる小さな映画館があった。大阪、京都、神戸。通常興行の後、19時ごろからレイトショーで上映される映画たち。それが終わった後に21時ごろからレイトレイトショーと呼ばれる上映時間を与えられた。当時の私のような自主制作をしている者の作品を1週間単位で上映してくれるのだ。あの頃、大阪北区にあるビジュアルアーツ専門学校の講師をしながら、京都でのレイトレイトショーに間に合うように電車に飛び乗る。お客様は平均15名程度。それでも一言挨拶がしたくて、映画を見終えた人々の表情を感じたくて、あの空間に行きたくて仕方がなかった。

 アンケートに答えてくれた人にはお礼の言葉を添えてカードを送った。小さな空間には、ひとつの光が存在していた。その光をみんながジッと見つめている。その瞳はとても美しい。あれらの瞳に映った光に出会う時、私はいつもスペインの映画監督ビクトル・エリセさんが創った「ミツバチのささやき」に登場する幼い「アナ」という少女のそれを想い出す。世界がまだ自分の周りの、手で触れられるモノだけだと信じて疑わなかった時代の、感覚。ミニシアターの席に着くと、私はつい自分があの頃の無垢な魂のままでそこに存在しているようでいられる。これから上映される映画の世界は、私がまだ体験したことのないもの、出会ったことのない、人。そして、その冒険が終わる頃には、彼らと離れたくなくて、しばらくその場を立てなくて、気づけば涙している。そんなとても神聖な場所。

 ミニシアターがこの世界から無くなってしまったら、新しい人たちがあの場所に出会えなくなってしまう。そんなもったいなくてとんでもないことは絶対に嫌だ。小さなウイルスは人間を介して広がってゆく。命を奪う危険性を伴うものは、それを阻止するために、人と会わないことが最大の防衛だ。そうしてあらゆる国境は閉ざされ、人々は家に引きこもった。だからこそ、人類が同じ経験を通して、また出会い直したいと心の底から思い始めているだろう。大きくなくてもいい、ささやかでいい、見知らぬ人と隣り合わせに一つの光をジッと見つめる、そんなミニシアターの空間は、私にとって永遠だ。

河瀬直美

奈良県出身。1997年に劇場映画デビュー作「萌の朱雀」でカンヌ国際映画祭の新人監督賞にあたるカメラドールを史上最年少で受賞。2007年には「殯の森」で同映画祭のグランプリに輝き、2013年にはコンペティション部門の審査員を務めた。主な監督作は「2つ目の窓」「あん」「光」などで、公開待機作には「朝が来る」がある。映画監督のほかにもCMの演出やエッセイ執筆などその活動は多岐にわたる。故郷奈良で立ち上げた「なら国際映画祭」は2020年9月18日から22日にかけて第6回目が開催。東京2020オリンピック競技大会の公式映画監督を務めることが決定している。

※河瀬直美の瀬は旧字体が正式表記

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文 / 河瀬直美 イラスト / 川原瑞丸

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