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最終更新日:2020年05月08日 16:38

ミニシアターとわたし 第3回 塚本晋也「ミニシアターよ、永遠なれ!」

新型コロナウイルスの感染拡大により休業を余儀なくされ、今、全国の映画館が苦境に立たされている。その現状にもどかしさを感じている映画ファンは多いはず。映画ナタリーでは、著名人にミニシアターでの思い出や、そこで出会った作品についてつづってもらう連載コラムを展開。今は足を運ぶことが叶わずとも、お気に入りの映画館を思い浮かべながら読んでほしい。

第3回は「鉄男」をはじめとした多くの監督作がミニシアターで上映され、「野火」がスクリーンにかけられた際には全国の上映館を行脚した塚本晋也に、ミニシアターで出会った思い出深い作品について語ってもらった。

ミニシアターよ、永遠なれ!

若いころの映画館体験と言えば、子供のころはロードショー館での怪獣映画鑑賞。中学時代は渋谷にあった全線座で数々の洋画旧作を。高校時代は銀座にあった並木座で邦画旧作を。ミニシアターで新作を多く観る経験は、主に20代になってから。

「任侠外伝 玄界灘」(1976年 / 監督:唐十郎)

この一本は高校生のころ。通学中の電車から紅いテントが見え、唐十郎さんの存在を知った。テントでの観劇を親に止められ、泣きながら代わりにこの映画を新宿文化に観に行った。以降状況劇場の芝居の虜になるが、映画が作られたのはこの一本きり。暗くて濃い世界で紅テントのスター根津甚八さんらが暗躍し、劇場の暗闇で胸をときめかせた。

「ヴィデオドローム」(1982年 / 監督:デヴィッド・クローネンバーグ)

「鉄男」の父親のような存在。コマーシャルプロダクションに入社したころに観る。大きな映画館で観るSF映画とは違い独特の迷宮に誘われる。「エイリアン」や「ブレードランナー」同様、金属やテクノロジーがより有機的に人間と溶け合う様が描かれた。サイバー・パンクというSFのジャンルの先駆けとなる作品。

「ヴィデオドローム」(写真提供:LFI / Photofest / ゼータ イメージ)

「エレメント・オブ・クライム」(1984年 / 監督:ラース・フォン・トリアー)

のち「奇跡の海」や「ダンサー・イン・ザ・ダーク」などの傑作を生み出したラース・フォン・トリアーのデビュー作。前編がオレンジ色で統一されたノワールもので、冒頭、確か主役の男の低い声で「3、2、1」と催眠術をかけられるようなシーンがあり、そこで実際うっとりと眠りに落ちそうになり、その後は夢か現実か分からないような世界が展開される。

「ポンヌフの恋人」(1991年 / 監督:レオス・カラックス)

ネオ・ヌーベルヴァーグと呼ばれたフランスの先駆的な作品たちの一本。
ドニ・ラヴァンやジュリエット・ビノシュのように肉体も精神も投げ出して挑むような演技に強く惹かれる。「ジュ・テーム」のジェーン・バーキンが自分的に真骨頂だが、僕の映画でも、そういう覚悟で飛び込んできてくださる俳優さんには平伏したくなる。

「ポンヌフの恋人」(写真提供:LFI / Photofest / ゼータ イメージ)

「ゆきゆきて、神軍」(1987年 / 監督:原一男)

戦時中にほんとうに食人があったことが明らかにされた衝撃作。その後自分は大岡昇平さんの戦争文学の金字塔「野火」を映画化し、取材で、食人はたまたま起こった事件ではなく、補給を絶たれた飢餓状態の南国の戦線ではざらにあったことと知るようになる。人を鬼にするのは状況であると分かり、今の日本や世界の状況がたとえ一歩でも戦争状態に近づくことは避けなければならないと日々強く思う次第。

まだまだ思い出深い作品はありますが、こうして連ねるとミニシアターの意義深さをつくづく感じます。分かりやすい映画ではなくとも、深く多様な気づきを与えてくれるのがミニシアターの映画です。ミニシアターよ、永遠なれ!

※塚本晋也の塚は旧字体が正式表記

塚本晋也

塚本晋也

1960年1月1日生まれ、東京都出身。1989年に「鉄男」で劇場映画デビューし、以降は「東京フィスト」「六月の蛇」「KOTOKO」「野火」など数々の監督作を発表している。俳優としても活動しており、2016年にはマーティン・スコセッシ監督作「沈黙-サイレンス-」でアンドリュー・ガーフィールド、アダム・ドライバー、浅野忠信、窪塚洋介らと共演。2018年公開の監督作「斬、」では、平成30年度(第69回)芸術選奨の映画部門における文部科学大臣賞など数々の賞に輝いた。

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文 / 塚本晋也 イラスト / 川原瑞丸

映画ナタリー