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最終更新日:2019年12月04日 16:08

PFFが大島渚賞を創設、審査員長は坂本龍一

ぴあフィルムフェスティバル(PFF)で知られる一般社団法人PFFが、大島渚賞を創設。本日12月4日にその発表記者会見が、東京・日本外国特派員協会で開催された。

左から矢内廣、小山明子。

「大島渚賞」ポスタービジュアル

「戦場のメリークリスマス」などで知られ、2013年に他界した映画監督・大島渚。彼の名を冠した大島渚賞は“映画の未来を拓き、世界へ羽ばたこうとする、若くて新しい才能”に対して贈られるもの。PFFがこれまで行ってきた、新しい才能を発見するコンペティション「PFFアワード」、その中から1名に次回作の制作資金を与えて才能を育成する「PFFスカラシップ」に続き、その才能を世界へ飛躍させるための試みとして位置付けられる。

選考対象は、すでに商業映画デビューしている日本在住の映画監督で、過去に手がけた劇場公開作品数は3本程度が目安。原則として、前年に商業作品を発表している監督が対象だが、第1回に関してはここ数年以内に作品を発表していれば認められる。各国の映画祭ディレクターやプログラマー、映画ジャーナリストからの推薦により候補の監督5名が選出され、その中から審査員が受賞者1名を決定。受賞者には賞金100万円が贈られる。

坂本龍一 Photo by zakkubalan (c)2017 Kab Inc.

審査員長を務めるのは、「戦場のメリークリスマス」の音楽担当と出演を兼任し、第68回ベルリン国際映画祭コンペティション部門で審査員を務めた経験もある坂本龍一。そして大島が審査員を務めた1981年のPFFで入選を果たした映画監督・黒沢清と、PFFディレクターの荒木啓子が審査員に名を連ねた。

左から矢内廣、小山明子。

本日の記者発表には、一般社団法人PFF理事長の矢内廣、大島の妻である女優の小山明子、そして審査員の荒木が登壇。この賞の創設は小山たっての希望だったそうで、矢内は「3年ほど前に小山さんからお話をいただいたときは、そんなに大きな名前の賞をPFFで作るなんて、本当によろしいのですか?とお返ししたのですが『大島の意志だと思って受け止めてください』とおっしゃいました」と振り返る。

小山は、1979年から1988年までPFFの審査員を務めた大島に関して「大島は若者の才能が大好きでした」と話し、彼が見出した手塚眞や樋口尚文との思い出話も披露。また、当時助監督だった大島からのラブレターの内容を明かし「『自分はいつか世界に通用する映画監督になって、君を海外に連れて行く』という殺し文句だったのですが、それを実行してくれました。大島はいつも日本だけでなく、海外の人にも観てもらえる映画を作りたいと思っていました」と回想した。

自主映画を対象としたPFFアワードに対し、大島渚賞は商業映画が対象になる。このことについて荒木は「“商業映画とは何か”ということが課題となっている現在、自主映画からもう1つ先のところで格闘している方々が、勇気をもらえるような賞にしたい」と説明。PFFアワードやPFFスカラシップとは審査が完全に切り離されるそうで「PFFアワードの受賞者などが優遇されることは一切ございません。今日本でもっとも“大島渚的”、チャレンジャーである監督を選びます」と断言した。

小山明子

終盤、会見内で何度か挙がった“大島渚スピリッツ”の解釈について問われた小山。「大島は映画を作るとき、同じものを作らないという信念がありました。だから彼の映画はバラバラで一貫性がないんです。そういった好奇心や冒険心が、彼の心にはいつもあったと思う」と話した。

第1回大島渚賞の受賞者は、2月に発表予定。授賞式は3月19日に開催され、受賞監督の作品と大島の監督作が3月20日に併映される。

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